くちなしの白い花とメタボリックシンドローム

2008年2月29日
 2008年3月で高槻社会保険健康管理センターが閉鎖することになった。この3年間は自由に発言しメタボリック教室に書いてきたが、4月からは立場上自由に書いたり言ったりできなくなる。

 公人でない自由人だったのは、この20年間で高槻健管センターでの3年間だけだった。自由人は気楽に生きられる、発言の自由などメリットがある。公人は力を発揮できる権限と、それなりの保障がある。どちらがいいか、やってみないとわからない所がある。

 高槻周辺の人に向けて書き始めたメタボリック教室も、予期しない所で読まれていることがわかった。第41段「創造力とメタボリックシンドローム」では、大阪府下の患者さんから不整脈の名医のいる病院を教えて欲しいと長い手紙が来た。

 インターネットには凄い力があることがわかった。第90段「高齢化社会とインド人労働力」ではオーストラリアから国際電話がかかってきた。南米ボリビアでのNPO活動から帰国した看護師さんに「南米で先生のホームページを読んでいました」と言われた。

 1段を1時間30分で一気に書き上げ、最初に書いたものをそのまま生かすようにした。
田中芳生君の編集で、原稿の3分の1は没になったり大幅に書き換えた。専門分野以外では1人の話を基に書いたものもあり、逆の見方もあることを知り一部修正した所もある。
 逆境の時は無能と見せかけ英知を磨き、順境の時は傲慢とならず身を低くする。
 欲のみで動いている企業はいつか倒産し、金のみで行動する者はいつか財産を失う。
 名誉欲の強い人間はいつか辱められ、正義をとことん追求する者はいつか潰される。
 
 医学が進めば進むほど医療費はかかり、患者さんの要望は高くなっていく。

  「自然に帰れっていうことは、どういうことなんだろうか?」と吉田拓郎は若い頃歌っていた。「現代社会は文明が発達して便利になった反面、心のゆとりが失われ、家族・友情など大切なものが失われている。自然に帰れとは、それを取り戻そうということではないか」と私は思う。

 世の中がめまぐるしく変化する時代、いかにストレスをはね返せばよいのか。心の箱はぎっしり詰めるのではなく、スペースを作っておくとよい。行雲流水(こううんりゅうすい)、自然のままに生きればよい。

 高槻健管センターの前の花壇には、くちなしの木がある。くちなしの名前の由来は、実に口がないからだという。今年のくちなしの花は例年になくきれいに咲きそうだ。くちなしの白い花が咲く頃には、私はもう高槻にいない。

徳永勝人 医師
(とくなが かつと)
医学博士


1968年
広島県立庄原格致高校卒業
1974年
大阪大学医学部卒業

内臓脂肪型肥満、
標準体重=身長X身長X22
を提唱する肥満の
第一人者として活動中。

1983年-1985年
南カリファルニア大学
研究員
大阪大学第2内科講師
市立伊丹病院内科部長
大阪大学臨床助教授
兵庫医大実習教授
を経て
高槻社会保険健康管理センター
センター長として勤務

日本肥満学会肥満症診断
基準検討委員会委員
日本糖尿病学会評議員
日本動脈硬化学会評議員

NHK「きょうの健康」での
講師を務める。
著書に
  「肥満Q&A
  「食事で防ぐ肥満症」
 
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メタボリックシンドローム

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