小児標準体重計算式と新手一生
2008年6月1日、59歳の誕生日を迎えた。メタボリック教室を始めて丁度2年になる。
2008年5月22日、日本糖尿病学会ポスター会場で、名古屋学芸大学管理栄養学部の山内惠子先生に声をかけられた。「徳永先生の創られた小児標準体重計算式:体重(kg)=身長(m)の3乗×13を使っています。便利でいいです」と言われ、気分が良かった。しかし、小児標準体重計算式は成人標準体重計算式ほど普及しなかった。
小・中学生は学年が上がるにつれ、BMIが16から21まで上昇する。小児の体重は身長の3乗に比例しており、太った児童と痩せた児童は欠席日数が多い。そこで6歳から14歳までの小児7391人を対象に、体重/身長の3乗と欠席日数の関係を調査し、「欠席日数を考慮した小児標準体重(第15回日本肥満学会記録p141,1994)」を発表した。
この小児標準体重の研究は日本肥満学会の新人賞に推薦されたが、年齢制限を何ヶ月か超えて受賞を逃した。1990年国際肥満学会の新人賞(アンドレマイヤー賞)にエントリーされた「PVN破壊肥満ラットの作製と特徴」も次点で受賞を逃した。成人標準体重計算式も1点差で西川光夫賞を逸した。私の人生は、いつもあと一歩だ。
小学生の時「書き方」などで8回表彰された。親は喜んで表彰状を額に入れて飾り、部屋中が額だらけになった。しかし中学以降、表彰されることはなくなった。小学生の時、私の表彰運を使い果たしたのかもしれない。
「新手一生」は不遇の天才棋士、升田幸三の言葉だ。升田幸三名人は戦争中に患った病気が元で体調を崩し、後輩の大山康晴名人にタイトルを奪われている。升田幸三は父と同じ1918年生まれで、故郷も広島県双三郡(現
中学2年終わり1964年3月27日から4泊5日で、父と初めての大阪旅行をした。梅田のホテルを出発し、最初に行ったのが通天閣のあるジャンジャン横丁だった。地下鉄御堂筋線
父は「升田幸三は"名人に香車を引いて勝つ"と書き残して、広島の田舎の家を出て行った」と話した。升田幸三は角換り棒銀、升田式石田流、駅馬車定跡、居飛車穴熊、矢倉戦法の雀刺し、など数々の新手を編み出している。父は銀を棒のようにまっすぐ進めて、一気に攻める棒銀戦法が好きだった。
これからの人生、体と心の健康を大切に、過去を悔いず、先を悩まず、今を楽しみながら「新手一生」の精神で生きていきたい。