直観力とメタボリックシンドローム
直観とは「推論をかさねて結論に達するという筋道をたどらないで、全体を見ていちどに本質をみとること」である。
恩師の垂井清一郎大阪大学第2内科名誉教授から「糖尿病物語」(中山書店2009年)が送られてきた。"謹呈垂井清一郎"と丁寧な達筆で書いてある。第1章:糖尿病物語から、第2章:肥満の医学と美学、第3章:グリコーゲン物語、第4章:代謝病の周辺、の4章から成り立っていた。
第2章146ページに「私が大阪大学第2内科の主任教授をしていた時、当時の松澤講師のグループは、1980年代の中頃、いろいろな体型における脂肪の分布を、CTスキャン法を使って盛んに研究していた。今でこそ日本におけるCTの普及には驚くべきものがあるが、当時は機器数や能率は限られていて、使用には一定の枠がはめられていた。
脂肪組織の分布をCTスキャンを用いて分析することは"牛刀をもって鶏を割く"ものではないかといった類の冷ややかな眼差しを黙殺して研究する他はなかった。研究者の勘に基づく確信と勇気が、彼らの仕事の原動力であったに違いない」と書いてある。
1983年10月5~8日、ニューヨークのシェラトンセンターホテルで第4回国際肥満学会が開催された。40カ国、900名、日本からは藤岡滋典君ら21名が出席した。
10月7日午後1時45分、「CTスキャンによる体脂肪測定法」を発表した。内臓脂肪面積が200cm2以上の肥満者は200cm2未満の肥満者に比べ、耐糖能異常・高脂血症を来しやすく、内臓脂肪と代謝異常の関連を世界に先駆けて発表した。初めてのオーラル発表で緊張し、口演後上腹部痛が起き、自室に戻って鎮痛剤のブスコパンを服用した。
学会中、スウェーデンのビヨーントルプ教授がヴィレンドルフ賞受賞講演で、ウエスト/ヒップ比の高い腹部肥満は、前向き研究で冠動脈疾患・糖尿病を高率に発症することを話された。
そして「腹部肥満では腹腔内脂肪(腸間膜、大網)の脂肪の蓄積により、門脈血中の遊離脂肪酸が増加し、糖・脂質代謝異常を起こすのではないか」という仮説を、図を使って述べられた。「これだ!」と私は思った。直観力と理論が融合した瞬間だった。
最初の症例は、1980年5月15日午前9時~9時30分、放射線科にいた同級生故池添潤平君と、CTスキャンで脂肪分布の検討を開始した。それから3年5ヶ月の間、直観だけで進めてきた内臓脂肪量と代謝異常の点と点の関係の研究が、門脈血中の遊離脂肪酸という線で結びついた。すぐに、日本に連絡した。
メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)は、直観力によって生まれたものだ。