サマータイムとメタボリックシンドローム
仙台空港のある岩沼市は伊丹市の災害連携都市となっている。ボランティア26名は、5月20日金曜日の午後6時、藤原保幸伊丹市長らに見送られ、救援物資を積んだバスに乗って出発。北陸道から新潟・福島を通り12時間かけて岩沼に到着した。帰りは14時間かけて23日月曜日午前6時伊丹に着き、そのまま職場に出かけた人もいるという。
「被災地は境界がはっきりしていて、津波が来た所は想像以上にひどかった。避難所から仮設住宅への引越しの手伝いをし、 公民館では全国から届いている衣類を箱から出して順番に1人5着ずつ渡した。21日土曜日は、東北の経済支援のため遠刈田(とおがった)温泉にある"さんさ亭"に、自費で宿泊した。料理は豪華で、大浴場も広かったが、ガラガラだった。岩沼市の人は寡黙で、土地に愛着を持っている人が多かった」と若者は言う。
5月31日午後5時30分、豊中市にある服部緑地公園に行った。曇り空に、所どころ青空が見える。24.5度と絶好の散歩日和だ。時折、涼しい風が吹いてきて心地よい。山ヶ池では6人の中高年男性が、魚釣りをしていた。緑の森の中は、歩くと落ち葉がミシミシと音を立て、自然を感じる。スポーツ広場では、中高年男女がジョギングやウォーキングをしていた。
子どもの楽園では、小さな子供を連れたお母さんが5人いた。お父さんの姿はない。サマータイムにすれば、父親も一緒に遊べるのにと思った。米国ロサンゼルス留学時代の2年間は、サマータイムだった。4歳の息子と1歳の娘を連れ、家族4人で夕方から公園や街を歩き、楽しい日々を過ごした。
節電でサマータイムを導入した企業に勤める人は、早く帰宅して子どもたちと遊べばよい。自動車業界は電力消費の少ない土日に働き、木金曜日を休日にするという。家族で東北地方の温泉に行って、休養するのもよい。
6月1日、62歳の誕生日を迎えた。メタボリック教室もまる5年になる。東京へ嫁いだ娘から、たまプラーザで買ったという純米大吟醸が届いていた。娘は電話で「銀座・赤坂やJR駅構内・デパートの中など東京の街は暗い」と言う。"Happy Birthday KATSUTO"と書かれた丸いアイスクリームのケーキの上に、大きな蝋燭6本と小さな蝋燭2本を立て、家族3人で誕生祝いをした。
東日本大震災で日本人の人生観は大きく変わった。「そんなに無理をして働かなくてもいいじゃあないか。贅沢はしなくても、家族そろってつつましやかに、平凡な生活を送ればいいじゃあないか。薄暗くてもいいじゃあないか。生きているだけで、いいじゃあないか」と私は思う。