大阪箕面の食と国際交流
午後6時10分、小雨の中、阪急箕面駅から、曲がりくねった細い道を昇って行くと、右手にミシュランガイドに載っている"一汁二菜うえの"があった。
窓の下は箕面川が流れており、渓流のせせらぎがザーザーと聞こえてくる。川の対岸は深緑の山となっており、真正面にカエデの木が見えた。紅葉の季節はきれいなことだろう。
生ビールで乾杯、先付けは大きなアワビと伊勢海老だった。魚は伊勢や明石の魚屋が、毎朝運んで来るという。池田市の地酒"呉春"、宮城県の"一の蔵"、八海山など8種類の日本酒と、薩摩の芋焼酎水割りを飲んだ。
箕面に来ると、26年前のことを想い出す。
1985年11月25日、日本肥満学会の特別講演に来られたスウェーデンのビヨ-ントルプ教授夫妻を伊丹空港に出迎えた。宿泊される箕面の料亭旅館"つる家"に送って行った。
11月26日、伊勢志摩観光に行った。宿では丹前を着られ、研究仲間の藤岡滋典君と4人で記念撮影をした。
11月27日、近鉄特急で志摩から箕面に帰り、つる家の畳の上で箸を使って、いっしょに会席料理を食べた。
11月28日、箕面つる家から伊丹空港に送って行った。
1983年にニューヨークで見たビヨーントルプ教授(ヴィレンドルフ賞歴代受賞者の業績と想い出:肥満研究13:117-121)は、背も高く威厳があり近寄りがたかったが、実際に接してみるととても優しい人だった。
1986年9月、イスラエルで国際肥満学会が開催された。9月16日、エルサレム旧市街を歩いていると、真っ赤な日の丸が描かれたTシャツを着たビヨーントルプ教授が、向こうから歩いて来られた。私に気付くと、「Drトクナーガ、nice to meet you」と声をかけてもらった。世界一の肥満学者が、私の顔と名前を覚えてくれていたことに感激した。
あの頃の私は、世界から認めてもらうのに必死だった。言葉の壁はあったが、真心は通じていた。国際交流は、地道な努力によって結ばれる。1997年、ビヨーントルプ教授が、私の米国時代の恩師ブレイ教授らとともに作成したWHO「肥満症ガイドライン」で、腹囲測定が診断基準に採用されている。