うつ・今を生きる力と日本文化
2012年7月13~14日、大阪国際会議場で「第19回日本産業精神保健学会」が開催された。
7月14日午後1時15分、渡辺洋一郎会長による講演「人と企業のより良き関係をめざして」があった。
渡辺氏は「河合隼雄(はやお)が紹介した概念に母性原理と父性原理がある。日本文化は母性原理で、やさしさ・平等・序列・一体感・全体責任の包む原理であるのに対し、欧米文化は父性原理で、厳しさ・能力による序列・契約関係・個人責任の切る原理になっている。
母性原理では序列が一様に守られ、切られることはないが、能力差は認められず、個人の成長は妨げられる。国際競争の中、日本企業も成果主義・能力主義の欧米文化を一気に取り入れ、混乱・葛藤が起きている。優しさと業績の両立する社会を目指すことが必要だ」と話された。
午後2時、作家・五木寛之の特別講演「いまを生きる力」があった。若々しく見えたが、80歳になられたという。
五木氏は「今の時代、繊細でやさしい人ほど傷つきやすくなっている。鬱の意味は、草木の勢いよく繁るさまで、エネルギー・生命力があることだ。才能を発揮したい力・自由な力が抑圧された時にうつ病が発症する。
東北から九州までの百寺巡礼では、いかにも悲しそうな仏像・うつな表情の仏像もたくさんあった。戦後60数年、プラス思考・積極性・ユーモア・勇気・明るい・笑うことが肯定され、マイナス思考・泣く・めめしいこと・ため息・嘆くことが否定されてきた。悲しみ・嘆き・不安を排除してきて、日本人は大きくつまずいた。
柳田國男(メタボ教室第64段「肉と魚」)は『日本人はよく泣く民族で、泣くことを大事にした文化だ』と言っている。泣く光景が見られなくなった。泣くことを忘れた日本人はダメだ。スサノオノミコトも号泣し、平家物語・近松門左衛門に出てくる人物も泣いている。
生きていると理由もなく、ふと無力感を覚える時が来る。親兄弟でも他人のように、同僚友人でも敵のように感じ、自分はこの世にいなくてもいいと感じる。そんな時は、何をやっても無駄で、プラス思考は通用しない。しゃがみ込んで大きくため息をし、ゆっくり立ち上がればよい。
自殺者が3万人いるが、弱い心が折れたのではない。柳のように軟らかい心は折れない。硬い心、屈折することが苦手な心、悲を知らない心が折れる。強いだけでは生きていけない時代になっている」と話された。
うつ・自殺が増加した要因の一つとして、グローバル化の中で欧米文化に目を向け過ぎた点が考えられる。忘れられた日本文化を取り戻すことは、うつ・自殺対策になるかもしれない。