堺市大仙公園の食・紅葉と一億総活躍社会

2015年12月 9日

   2015126日、大阪府堺市にある「大仙公園」へ紅葉を観に行った。

午前1110分、自宅を出発。朝は陽が射していたが、曇り空になった。阪神高速道を通り、堺市仁徳天皇陵の南側にある大仙公園に着くと、小鳥のさえずりが聞こえてきた。木立ちの土の上で、ひんやりとした空気を吸い込むと気持ちいい。

緑の駐車場から、友人お勧めの紅葉スポット"日本庭園"に行った。日本庭園は築山林泉廻遊式庭園で、庭全体を堺に見立てている。泉北丘陵を想起した桃源台から、石津渓 表示を川が流れてくる。池泉(ちせん) 表示は中国大陸と堺をつなぐ大海を表わしている。映波橋のそばにある紅葉 表示が真紅で、日本庭園では一番鮮やかだった。

児童の森、平和の塔から東に向かうと、大勢の集団がJR百舌鳥駅方面から歩いてきた。ほとんどが高齢者で、リュックを背負い、「沿線ウォーク 南大阪歩け歩け協会」の旗が見える。集団の歩く速度が速い。あっという間に目の前を通り過ぎて行く"高齢者パワー"に圧倒された。

 

午後1時、大仙公園レストハウスにある「Cafe IROHA」で、"イロハかご弁当 表示"を食べた。野菜の入った玉子焼き、昆布、イカ、酢の物、天ぷら(海老、ピーマン)、ご飯は雑穀米だった。人参、蓮根、ゴボウ、山芋などが入った豆乳スープが美味しい。緑黄色野菜が多いヘルシーな弁当だ。デザート 表示も手が込んでいて、シャレたレストランだった。

 

午後2時、公園内にある堺市博物館で矢内一磨学芸員による学芸講座「堺と京都ー中近世の戦災復興」があり、100名が聴講した。

矢内氏は「1467年応仁の乱で、京都の10分の9が焼失した時は、一休さんが堺に資金援助を求め、堺の富が京都に流れた。2011年に京都大徳寺で発見された古文書には、堺町衆から250貫文の奉加金が京都に出ている。1615年大阪夏の陣で、堺が炎上し消滅した時は、京都の富が堺に流れ、京都と堺の間で"戦災復興のループ"があった」と話された。

京都の人は戦災といえば応仁の乱を、堺の人は戦災といえば大坂夏の陣を指すのか?堺復興のパンフレットには、「1615年大坂夏の陣の前哨戦で豊臣方が放った火で、栄華を極めた中世都市堺は焼け野原になった」と書いてある。大阪は豊臣方と思っていたが、堺が豊臣によって壊滅したことは意外だった。徳川は堺を復興させ、徳川家光は復興した堺を観に来ている。

午後35分から、特別展「堺復興ー元禄の堺大絵図を読み解く」で、戦災復興開始から70年後にできた"元禄の堺大地図"を見ながらの解説があった。「畳15畳の広さの堺大地図2枚は、今どこに保存されているのか?」「展示してある10枚に分割された地図は、どうやって修復したのか?」と、聴講者による質問が矢継ぎ早につづいた。堺の地理と歴史をよく勉強している"高齢者パワー"に圧倒された。

堺市大仙公園には、健脚や知識欲旺盛な高齢者が大勢いた。長時間・過重労働で苦しむ若者が多い現代。元気な高齢者は短時間・軽労働を行ない、高齢者パワーを活用して、一億総活躍社会を実現するとよい。

徳永勝人 医師
(とくなが かつと)
医学博士


1968年
広島県立庄原格致高校卒業
1974年
大阪大学医学部卒業

内臓脂肪型肥満、
標準体重=身長X身長X22
を提唱する肥満の
第一人者として活動中。

1983年-1985年
南カリファルニア大学
研究員
大阪大学第2内科講師
市立伊丹病院内科部長
大阪大学臨床助教授
兵庫医大実習教授
を経て
高槻社会保険健康管理センター
センター長として勤務

日本肥満学会肥満症診断
基準検討委員会委員
日本糖尿病学会評議員
日本動脈硬化学会評議員

NHK「きょうの健康」での
講師を務める。
著書に
  「肥満Q&A
  「食事で防ぐ肥満症」
 
目でみる臨床栄養学 UPDATE
メタボリックシンドローム

著作権について