「広岡浅子生涯展」と教育への無償貢献
2016年2月28日、大阪市西区江戸堀にある大同生命本館に「大同生命の源流ー広岡浅子の生涯」を観に行った。
午後2時、土佐堀川を渡り、大同生命本館
表示に行った。本館に来たのは、大学時代以来2回目だ。クラスメートの彼女が勤務していたので、一緒にきた。大同生命の会長さんとは、ホテル阪急インターナショナルで、何度か食事をしたことがある。
広岡浅子は、NHK朝の連ドラ「あさが来た」の主人公・今井あさ(波瑠)のモデルだ。あさは今井家から加野屋 白岡家に嫁ぎ、あさの姉・はつ(宮崎あおい)は山王寺屋 眉山家に嫁いでいる。
広岡浅子展
表示に入ると、文政8年の長者番付があった。三井家がトップで、次いで天王寺家、東の大関は鴻池善右衛門、西の大関は加島家、西の小結は住友家となっていた。No 1の豪商の家に生まれた姉妹は、No 2とNo 4の豪商の家に嫁いだことになる。No 3の14代目鴻池善右衛門さんとは、4回お会いして話をしたことがある。とても温厚な方だったが、3年前にお亡くなりになった。
広岡浅子は教育熱心で伊藤博文・大隈重信・西園寺公望らの協力を得て、1901年、日本初の女子大学・日本女子大を設立している。広岡浅子に影響を受けた人の中には、市川房江、村岡花子らがいる。
五代友厚の写真があった。友人は「五代友厚は、若くしてイギリスのエージェント(代理人)になり、日本の金融・運輸を担当していた。五代は、時代の潮流に乗って、大きく伸びた」と言っていた。五代友厚を演じたディーン・フジオカの主演映画「NINJA THE MONSTER」を8日前、妻と一緒に観た。館内は、30~60歳代の女性が大部分で、男性は10%しかいなかった。ディーン・フジオカの剣さばきがいい。
広岡浅子の家系図があった。浅子の娘(亀子)の夫(恵三)の姉(一柳満喜子)の夫・ヴォーリズは、大同生命・関西学院・神戸女学院などを設計している。
関西学院を創設したランバス親子は、広島県庄原市の素封家(田部家・伊藤家・三上家など)がお金を出し合って、1886年米国アラバマ州から招聘し、庄原英学校を作っている。ランバス親子は、その後、西宮に行き1889年関西学院を作った。現在も、関学生が関学のルーツを求め、庄原英学校跡を訪れている。
庄原市で歯科医をしていた父の生き甲斐もまた"教育"だった。父の趣味は8ミリ映画ぐらいで、田舎ではお金を使うこともなかった。歯科医が地方の長者番付に載っていた1960年代、父
表示は、神戸大学、広島大学、早稲田大学などの学生に、無利子・無期限で学費援助をしていた。
父は「お金をタンスに入れて使わないなら、お金が無いのと同じだ。生きた金を使え」、「貸した学費を返してもらおうなど、毛頭思っていない」とも言っていた。父は、教育への無償貢献に、喜びを見出していた。
日本で最初の女子大を創設した広岡浅子は、自らの資産を教育に注ぎ込んでいる。今、大学時代に借りた奨学金の返済で、卒後苦しんでいる若者も多い。資産家は、無利子・無期限で、学費援助をするとよい。