映画「マネー・ショート」と抗がん薬の落とし穴
2016年3月8日、映画「マネー・ショート/華麗なる大逆転」を観に行った。
午後5時45分、館内は中高年男性が多い。2008年に起きた"リーマンショック"の時の実話だ。リーマンは64兆円の負債を出し倒産、世界金融危機を招いている。作品は2016年のアカデミー賞5部門にノミネートされ、脚色賞を受賞した。
金融トレーダーのマイケル(クリスチャン・ベイル)は、2005年いろいろなデータから、サブプライムローンを入れた債権は詐欺行為で、金融破壊が必ず来ると気付く。金融マンのベン(ブラッド・ピット)ら4人で、銀行・国家など巨大組織に立ち向かう。AAAやBBなどのランク付け会社も、銀行の支援で成り立っており、全く信用できないこともわかる。
私はこの映画を見て、「超高額抗がん薬の保険適応は、このままでは年間何10兆円単位の医療費増加になり、国民皆保険制度は必ず崩壊する」と気付いた。
2011年、N新聞記者と食事をしながら話をした。記者は「国民医療費が2兆円増加した。1兆円は薬剤費で、調剤が5000億円、人工透析が5000億円となっている。医療本体は、増えていない。高齢化ではなく、高騰する薬剤費が、医療費を増加させている」と言われた。
2015年末、O大学教授と会席料理を食べながら、2時間30分話をした。教授は「効果のある抗C型肝炎ウイルス薬や、抗がん薬が開発されたが、年に何100万~何1000万円かかる。超高額薬が増え続けること、大変なことになる(メタボ教室第584段「少子高齢化対策」)」と危惧されていた。
2015年の医療費は40兆610億円で、そのうち薬剤費は10兆5900億円を占める。薬剤費は、急速に増加している。2015年9月発売の抗C型肝炎ウイルス薬ハーボニーの日本での売り上げは1176億円で、全薬剤中1位になった。2015年の抗がん薬は8100億円と、降圧薬5600億円、糖尿病薬5100億円に比べ多い。
週刊医学界新聞2016年3月7日号の1,2面の全面に、「コストを語らずにきた代償ー絶望的状況を迎え、われわれはどう振る舞うべきか」の特集があった。
日本赤十字社医療センターの國頭秀夫化学療法科部長は「抗がん薬の"ニボルマブ"が2014年悪性黒色腫に対して承認され、2015年に非小細胞がんへ適応拡大された。ニボルマブは効果のある抗がん薬だが、1年間使用すると3500万円かかる。ニボルマブは一生使いつづけなければならないので、将来、1年間1兆7500億円になる。超高額な抗がん薬の登場で、医療だけでなく、国そのものの存在が脅かされている」と書かれている。
超高額抗がん薬に要する費用は、国民の税金と保険料から成り立つ。効く抗がん薬ができたことはいいことだが、逆に国の財政を圧迫する。「1人のがん患者に毎年、年間3500万円使いつづけるより、介護士や保育士の給料を上げたり、大学の研究費を増額させ新薬を開発した方がいい」という考え方もある。
効果のある抗がん薬が開発されたことは朗報だ。しかし、超高額抗がん薬の保険適応は医療費を数十兆円増加させ、国民皆保険制度を崩壊させる可能性がある。国とメディアと医師会は、対策を考える必要がある。