医師会懇親会と学生時代の想い出

2018年6月23日

    2018616、大阪市北区にある"帝国ホテル大阪"で、「吹田市医師会定時総会・全員協議会」があり、200名が出席した。

午後4時から総会があった。市立吹田市民病院は201811月に、国立循環器病研究センター(国循)は20197月に、JR岸辺駅北側に新築移転する。

午後6時、懇親会があった。テーブルは10人ずつで、受け付け順にAからTまで決められ、私はFテーブルの自由席だった。右隣りは耳鼻科の開業医で、その隣りは国循の勤務医だった。吹田市は、脳血管障害で助かる率が日本一高く、脳卒中急性期死亡率は全国平均の60となっている。広島県庄原格致高校のクラスメート 表示は、国循の脳外科病棟婦長、国循総婦長をしていた。

左隣りは、協和会病院(平塚正弘院長)の勤務医だった。「協和会の木曽賢造理事長は、阪大の3年先輩だ。広島県福山市出身で、近畿広島県人会に来られている」と話した。その隣りは開業医、その隣りは蒼龍会井上病院(筒泉正春理事長)の勤務医だった。

シャンパンで乾杯し、和前菜 表示は"なだ万"の料理長が、洋食はホテルのシェフが解説された。正面左の女性に挨拶に行くと、「先生とは、松澤佑次先生のお宅で、何度かお会いしています。結婚式の時は、徳永先生にスピーチをしてもらいました」と言われた。開業している肥満研究グループの後輩の奥さんだった。阪大病院時代は、松澤佑次先生の家に年に1回、阪大2内循環器脂質研究室の全員とその妻子5060人が集まって食事会をしていた。会うのは、25年ぶりになる。

右から3番目の開業医の人と、名刺交換をした。私が「広島県出身だ」と話すと、「私の家内は広大医学部を出ている」と隣りの奥さんを紹介された。私が「広島県の庄原市出身だ」と話すと、「庄原はいい所ですね。1年間、庄原日赤の小児科に勤務していた。農家の人が多く、白菜などもらった。夜は田んぼのカエルが鳴き、夏は花火を見た」と言われた。

私は「昭和30年代、庄原の上野池の夜桜は、西日本一と言われていた。・・・」と話しているうち、ひょっとしてECC英会話教室 表示でいっしょだった高校1年生ではないかと気付いた。「出身は、大阪ですか?」と聞くと、「徳永さんですか。ECC1ヶ月間いっしょだった」と覚えていてくれた。49年ぶりの奇跡的な再会だった。

私が大学2年の時の19698月、西梅田にあるECCに夏休み1ヶ月間集中教室があり、毎日午前9時から午後5時まで英語だけで会話した。インストラクターは帰国子女の関学生で、生徒は阪大・関大・近大・天理大・横浜国大・お茶の水女子大・教育大付属高校生など男女10人ずつの20人だった。仲のよいクラスで、寄せ書き 表示をした。

懇親会の最後は、"イライジャ・リーバイユニット 表示"によるライブ演奏で、オーバー・ザ・レインボーなど6曲歌われた。

吹田市医師会の懇親会に出席すると、いつも新しい出会いがあり、懐かしい再会がある。2018620日の"大阪府医ニュース"には、「食事を一人で取る孤食の高齢者は、うつ病になる可能性が女性で1.4倍、男性では2.7倍も高い。食事に対する関心が薄れ、低栄養からフレイルにも陥りやすい」と書いてある。大勢の仲間との共食による刺激は、心身の活性化に不可欠だ。

徳永勝人 医師
(とくなが かつと)
医学博士


1968年
広島県立庄原格致高校卒業
1974年
大阪大学医学部卒業

内臓脂肪型肥満、
標準体重=身長X身長X22
を提唱する肥満の
第一人者として活動中。

1983年-1985年
南カリファルニア大学
研究員
大阪大学第2内科講師
市立伊丹病院内科部長
大阪大学臨床助教授
兵庫医大実習教授
を経て
高槻社会保険健康管理センター
センター長として勤務

日本肥満学会肥満症診断
基準検討委員会委員
日本糖尿病学会評議員
日本動脈硬化学会評議員

NHK「きょうの健康」での
講師を務める。
著書に
  「肥満Q&A
  「食事で防ぐ肥満症」
 
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