映画「三島由紀夫vs東大全共闘」とコロナ
2020年6月13日、兵庫県尼崎市にある"あまがさきキューズモール"へ、映画「三島由紀夫vs 東大全共闘 50年目の真実」を観に行った。映画を観るのは4か月ぶりだ。
午後2時30分伊丹の自宅を出発、尼崎市北部の大型商業施設"つかしん"前の左車線は、駐車場に入る車で長蛇の列になっていた。尼崎キューズモールも、地下1階、4階、5階と満車で、6階駐車場でギリギリ駐車できた。
午後3時、切符を買いに行くと、残りわずか6席となっていた。各家庭に新型コロナ"特別定額給付金一律10万円"が、6月11日頃入ったためだろうか、凄い人出だ。全員マスクを付けており、売店では飲み物とポップコーンだけ販売していた。アルコール消毒をし、矢印の所へ立って体温を測定して入場した。
午後3時45分、シアター①E-7席に座ると、左2席、右2席、前3席、後3席はテープが張られ座れないようになっていた。満席で、団塊の世代が7割と多く、老夫婦も2組いた。
映画は、1969年1月18~19日の東大安田講堂攻防戦から始まるドキュメンタリーだ。1969年5月13日、東大駒場キャンパス900番教室を埋め尽くした1000人を超える東大全共闘の学生たち。極左の集団の中に、極右の三島由紀夫が単身で乗り込んで公開討論会に臨む。三島由紀夫は世界的な文豪で、川端康成と並んでノーベル賞候補だった。
三島由紀夫も東大全共闘の人も、ユーモアを持って理路整然と話をし、普通の人だった。両者は右翼と左翼で遠い存在に見えるが、三島由紀夫は愛国、東大全共闘は反米・愛国でナショナリズムという共通点が見えた。
映画の記録映像の中で、東大全共闘最大の論客とされる芥正彦氏が、生後間もない赤ちゃんを抱いて三島由紀夫と論戦する。芥正彦氏が赤ちゃんを連れてきたのは、論戦が暴走しないための演出だったのではないかと思った。
映画を観て、東大全共闘が1000人以上と阪大に比べ10倍多いことを知った。大阪大学では、1968年6月26日水曜日の昼休憩時、三派全学連によるデモ行進があった。ヘルメットをかぶり、タオルで顔を隠した学生が、横6列、縦20列で120人ぐらいだろうか。前の人の肩に両手を乗せ、顔をうつむかせ、石橋キャンパスのメイン通りをジグザグに蛇行して行った。
その時は、まさか7か月後の1969年2月1日から11月30日までの10か月間、大阪大学が休校になるとは思いもしなかった。その年、阪大教養学部政治学の授業で「ドイツナチスは熱烈な3%の支持者で、独裁者ヒトラーを生んだ。国民の3%のコアな人が結束し、97%の人が無関心だったら、3%の人に国は支配される」と講義があった。
映画「三島由紀夫vs東大全共闘」は、1969年当時の迫力のある記録映像で、大学教養部時代を懐かしく想い出すことができた。学園紛争で大阪大学は、予想もしなかった長期休校になった。新型コロナで日本は半年後、予想もできない世界になっているかもしれない。